CHANGE
CHANGE
松本です。
お元気ですか。
井上洋水っぽく聞いてみました。
探さなきゃ見つからないのはビジョンメガネですが、変わらなきゃ見つからないのは自分の新しい姿だったりします。
アインシュタインの相対性理論を基に言えば、時間と空間は変化し続けているらしいです。その変化のリズムが狂えば、過去にも未来にも行けるかもしれない―と、壮大な夢物語ですが。ただこれが本当なら(本当なのか?)変化し続けているからこそ、変わらないためには変わり続けることが必要になるかと思います。つまり時間と空間に寄せて変わり続け、変わらないことを目指す、と。
オバマじゃないんだから変化変化と口にするな! と思われるかもしれません。
しかし「散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」ように「四角い頭を叩いてみれば、丸く解決、仁鶴です」……じゃない。「常識絡めの頭を叩けば、変化を知らせる音がする」のではないでしょうか。
皆さんは、生まれてからずっと、いや、もっと短期間に言えば大学生になってから本当に「変化が無かった」と言えるのでしょうか。
僕は変わらない人間はいない、と考えています。もし変化の無い人間がいるとすれば、変わったことを認めるのが嫌なのか、或いは変わりたくないか―そのどちらかなのだと思います。
もっと言ってしまえば、変化の無い有機物は無いのでは無いでしょうか。
僕が開発に携わっているEBiSですが、日々進化を遂げ続けています。変わっています。しかし、変わっていない。主目的、存在意義は何一つ変わっていません。
就職活動を体験して、殆どの学生さんが「半年前の自分と比較して変わったか?」と聞かれれば「変った」と答えるかと思います。変わっていないと考える学生は、松下幸之助氏宜しく「日に新た」を実践しているか、何も考えていないかのどちらかではないでしょうか。恐ろしいのは、それが当たり前になっている、心構えです。そんなもの、レベルアップのしないRPGみたいなもんです。
昔、大阪城を見て「秀吉ちゅう奴は凄い奴やな」と思ったことがあります。結局、今の大阪城はレプリカだと解ったのですが、今の天王寺駅は昔の大阪城の外堀を活用して作られたと知り、改めて秀吉の凄さに身震いしたものです。
しかし、よくよく考えてみると秀吉だって人間です(鬼武者の世界がフィクションであれば、ですが)。政治力に優れ、人間洞察に優れたと言えども、同じ人間な訳です。よく頭の良い人は「秀吉に出来て、俺に出来ない訳が無い!」と言いますが、本当は「秀吉に出来て、俺が出来ない理由は何だ?」という洞察が必要なのではないでしょうか。
大学生のころ、アルバイトをしていた居酒屋で仕事の出来る方がおられました。テキパキと調理もホールもこなす、言わば二刀流です。しかし、他人を認めようとしなかった。自分が凄いと思い込み、他の人と接する時は「自分が出来ていて、なぜ他の人が出来ない?」と思い込む様な人でした。その態度が余りに酷いので、僕はその人に直接「あなたが出来るから、他の人が出来るとは限らない。あなたがしなければいけないことは、その実力の理由を他の人に教育するか、それが出来ないなら出来ない人を見ても我慢するか、どちらかだ。出来ない人は努力し変わらなければいけない、しかしあなたもまた変わらなければいけないのではないか?」と言った記憶があります。
結局、出来るからと言って、そこに甘んじていたら(変化を恐れていれば)、直ぐに追い抜かされてしまいます。宇多田ヒカルの「誰かの願いが叶うころ」の歌詞にあるような世界ですよね。あるいは映画「Wの悲劇」にあるような「ダメなのよあたし。だってスタアなんだもん! あたしたちお客様に道徳を教える為に芝居しているの? 女優、女優! 女優!! 勝つか負けるかよ! カーテンコールも芝居のうちよ! 」な世界かもしれません。
まぁ、なんでこんなことを言っているかといいますと、自戒を込めている部分もあるのですが、結局、変わり続け無いと生き続けることは出来ないと思う―そんなことを就職活動中の学生さんにお伝えしたかったからなんです。
数週間前に比べれば日差しも強く、陽気で暖かい。桜は散り、緑が目立つ。
景色ですら変わり続け、変化し続けているのに、就職活動が上手くいった、いかなかった―それだけに悩むことの時間の無駄遣い。そろそろ止めましょう。
他に、もっと他に大切なことがあると思うのです。
自分のキャリアプラン、中長期的な将来、スキル、視野、生き方、たち振る舞い……変わらなきゃ見つからない、と。
お後が宜しいようで(オチてませんが)。









